法人税、所得税、相続税などがかからない地域に資産を移し、納税義務を回避する「タックスヘイブン」について皆さんは聞いたことはありますか?
タックスヘイブンとは直訳すると、「租税回避地」とも呼ばれ、課税が軽減されたり、もしくは免除される地域のことです。
ですから、これらの利点をうまく活用すれば税金対策になります。
ケイマン諸島は、そんなタックスヘイブンと呼ばれる場所の一つです。その他にもパナマやシンガポールといった国だけでなく、ケイマン諸島と同じ旧植民地や王室領といった地域も租税回避地となっています。
ここで「ケイマン諸島ってどこ?」と思った方もいると思いますが、ケイマン諸島はカリブ海に浮かぶ小さな島で人口6万人弱のイギリス領です。
島の面積は日本の佐渡島の3分の1ほどで観光産業が栄え、スキューバーダイビングの名所としてもよく知られています。
イギリスの小説家スティーブンソンの代表作「宝島」のモデルになったとも言われている島で、主に外国企業や富裕層などが納税を回避する目的で、この地域の租税法を利用することが有名です。
ケイマン諸島が租税回避地域になるまで
それでは早速ですが、ケイマン諸島が「どのように経済的に発展し、租税回避地域として定着するまでに至ったか」時間を追って見ていきましょう。
ケイマン諸島の歩み
20世紀初めごろのケイマン諸島は、個人の所得が低く、所得税などの直接税を課せられませんでした。その代わり、輸入関税やコレクター向けの切手販売などで収入を得ていました。
それから1953年に商業銀行が開設されたことで、金融サービス産業が動き出し、時期の重なる1940年代から1960年代にかけて滑走路やホテルの建設が行われ、インフラが整っていき観光産業も発展し始めました。
インフラが整ってきた1960年代にはタックスヘイブンへと向かわせる法律も作られました。
その一つは、英国の法律をモデルにしたもので、これにより会社の登録料を収入に加えることができました。
そして、もう一つは、ケイマン諸島外で業務をする会社に対して設立要件と規制を緩くする法律です。
この法律のおかげで多くの会社が設立され、毎年手数料を得られるようになります。
1970年代を過ぎると、インフラ整備がより充実し、海外からの観光客が増え始めます。それに伴い観光産業を中心に産業が発展し、外資系企業の進出も増加します。
また同年代には、諸島内にある銀行に対して米国から顧客情報の提供を求められましたが、逆にそれを規制する法律を制定しました。
しかし、1980年代後半にマネーロンダリングなどの違法取引を監視するための合意書が米英で交わされ、タックスヘイブンであり続けることが若干厳しくなりました。
そんな中でも経済発展は順調に進んでいきました。
その後1990年代に入ると、新しい法律の制定とともに、政府が外国企業から今までよりも多くの手数料収入を得るようになります。
このような財政面で喜ばしいことがあった一方、ケイマン諸島の税金に関する法律や制度が「マネーロンダリングの温床になるのでは」といった懸念が広まったのもこの時期で、ジョングリシャム著のベストセラー「The Firm」がその象徴とも言われています。
その表れとして、金融規制当局CIMAが設立され、ケイマン諸島における金融関連企業の調査が始まりました。
それにもかかわらず、金融サービスが一層発展し、ファンドを用いた証券化も活発になっていきました。
このように難しい局面に立たされながらも1990年代までは右肩上がりの成長を見せていたケイマン諸島ですが、その後の2000年代は試練の時代でした。
まず、2000年にマネーロンダリングなどの行為に対応する国際的組織FATFに非協力的とみなされ、ブラックリスト入りします。ですが、すぐさま同組織に協力的であることを示す法律を作ることでリストから外されます。
2004年には巨大ハリケーンの発生によって観光産業が一時衰退。
その後は世界的な金融危機の影響をもろに受けたため、財政赤字が深刻化しました。そのため本国に当たる英国からの支援を受けるまで状況は悪化し、政府は経済的自立性の縮小を余儀なくされてしまいます。
その後の対応策によって財政は回復に向かいますが、この時代は財政の再構築と支出減少に向けての調整に奔走した時代だったといえます。
ただ、どんなに苦しい財政状況でも「直接税を課すという方向には反対であり続けた」点では、その後タックスヘイブン先として人気を集める土壌が出来上がっていたといえるかもしれません。
ケイマン諸島以外の地域はどうなっているか?
今度はケイマン諸島と比較して語られることの多い、バミューダ諸島やBVI(British Virgin Island)についてです。
これら2つの地域はケイマン諸島同様、「所得税」、「キャピタルゲインにかかる税金」、「付加価値税」といったものがありません。
ただし、制度面でいえば若干ケイマン諸島がシンプルで、例えば会社法制度については他の2カ所に比べ緩やか、かつ秘匿性が高くなっています。
それぞれの大きな特徴としては、会社の維持コストが低いBVI、保険業社の誘致に力を入れて来たバミューダ諸島となっています。
これらの地域と比較して、ケイマン諸島でもっとも際立っているのは「ファンドの多さ」です。
その結果として金融サービス業に関連する会社からの手数料と信託ライセンス料だけで2013年時点では全体収入の約20%を占めています。
さらにそこに海外からくる労働者に対する労働許可手数料が加わり、主な収入源となっている輸入関税と合わせて全体収入の過半数を成しています。
ですから、上記であげた3つの税金がないにもかかわらず、島民一人当たりの政府収入は約164万円と高い水準となっています。
また、ケイマン諸島は他2地域よりもインフラが整っており、法律など専門家のサービスも充実している点で優位であると考えられています。
ケイマン諸島でできる節税とその他のメリット
冒頭でもお伝えした通り、ケイマン諸島は人口6万に及ばない小さな島です。
弱小国であるがゆえに敢えて法人税などの税率を下げ、他国から資金を確保し、雇用面も安定させることができるようになりました。
ケイマン諸島がタックスヘイブン先として確立されたのは、このように自国と外国企業との利害関係が一致したことゆえといえます。
仮に政府が財政面を安定させようと増税したとしても、税収は微々たる増収にしかならなかったでしょう。
また、ケイマン諸島では他にも遺産相続や所得、不動産売却から得られた収益等も非課税となっていて、生活する上での税金の負担も小さくなっています。
もちろん法人税も全くかからないので、法人登記している会社が人口と同じくらいの6万社近くあるとされています。
これらの企業のほかにも銀行が600社以上、ファンドも1万以上登記されています。
それを示す象徴的な話として、この島の首都であるジョージタウンには5階建ての小さなビルに1万8000社もの会社登記がされています。
物理的に考えれば不可能に近い数ですが、ポストをオフィス代わりに登記しているだけのペーパーカンパニーがほとんどで、税制面でのメリットを優先した会社が多いことを物語っています。
節税などのメリット
メリットは大きく4つあります。
まず1つ目が、所得税、法人税が非課税であり、財産にかかる税金や利益を得た場合に支払う税金も0%という点です。
2つ目は、税制に関する規制が緩く政府が干渉することも滅多にないことが挙げられます。例えば、ケイマン諸島で法人を設立しても監査役を選任する義務はありません。
もっと言えば、監査をする必要もないとされていて、監査が求められるバミューダ諸島よりも規制は緩いといえます。
ただし、今後の流れとしては法規制が厳格化していくことが考えられるため安易な判断は禁物です。
それから3つ目が、秘匿性の高さです。
ケイマン諸島では株主名簿などといった代表者の個人名や会社の利益を知ることができる情報が公になることは少なく、企業情報の外部漏洩の心配が低くなっています。
最後に、この地域では節税目的でペーパーカンパニーを設立しても実質的な活動を求められることは少なく、住所さえあれば税制を最大限活用できます。
まとめ
タックスヘイブン先としてケイマン諸島が有利である点やケイマン諸島の経済基盤の成り立ちなどについて見てきました。
確かにケイマン諸島は他のタックスヘイブン先と比較しても利点が多く、会社の利益を優先するなら活用してもよいと思います。
しかしタックスヘイブンの税制を利用して節税をするのは合法であるにもかかわらず、世間からの見方はネガティブな場合も多く、また各国の規制もどんどん厳しくなるとされています。
さらに、「自国の税収が損なわれる」という点からも歓迎されるとは考え難く、企業の信用を保つ上ではリスクがあることをしっかり認識する必要があります。