
個人で買い進めた賃貸物件を、これから法人に移したい。そう考える投資家は多い一方で、移すときの税金や登記の費用、融資の扱いは、一般的な売買より複雑になります。この記事では、個人から法人へ物件を移す代表的な3つの方法(売買、建物のみの譲渡、管理会社方式)について、費用の仕組みを数字の例で整理し、避けたい移し方と、事前に確認したい手順をまとめます。

なぜ個人から法人に移すのか、先に目的を整理する
個人から法人へ移す動機は、おおむね次の3つに分かれます。
- 融資の枠と属性の問題:個人の借入が増え、金融機関から見た個人の与信が埋まってきた。法人で借りることで、次の融資の入り口を広げたい。
- 所得と税負担の分散:個人の所得が大きく、累進課税の影響が重い。法人に収益を移し、役員報酬などで調整したい。
- 事業の承継や資産の整理:将来の相続や承継に向けて、持ち方を整理しておきたい。
目的によって、選ぶべき方法が変わります。たとえば、融資の入り口を増やしたいだけなら、既存の物件は個人のまま、新しい物件を法人で買うほうが、移転のコストを払わずに済みます。反対に、すでに持っている物件の収益を法人に移したいなら、売買や管理会社方式が検討対象になります。税金や登記のコストは、移した時点で必ず発生する費用なので、目的に見合うかどうかを、先に数字で確認することが重要です。
移し方は3つ:全体像を表で整理する
| 方法 | 何を法人に移すか | 主なコスト | 主な特徴 |
|---|---|---|---|
| 売買 | 土地と建物の所有権 | 譲渡所得の税金、登録免許税、不動産取得税、印紙税、司法書士報酬 | 最も一般的。所有者が法人になるので、収益も資産も法人に移る |
| 建物のみ譲渡 | 建物の所有権(土地は個人のまま) | 建物分の譲渡所得の税金、登録免許税、不動産取得税など | 土地の移転コストを抑えられるが、土地の貸し借りの整理が必要 |
| 管理会社方式 | 所有権は移さず、管理や運営の一部を法人が受託 | 法人の運営費。移転の税金や登記は不要 | 所有権は個人のまま。収益の一部だけを法人に移す形になる |
3つの方法は、どれが優れているというものではありません。法人に移したい範囲(資産そのものか、収益の一部か)と、かけられるコスト、融資の状況によって、組み合わせて考えます。
売買で移す:仕組みと流れ
個人が法人に物件を売る形で、所有権を移す方法です。売主の個人には、譲渡所得の税金がかかります。買主の法人には、登録免許税と不動産取得税の負担が生じます。個人と法人は別の人格なので、親族や同族の会社であっても、通常の売買と同じ手続きを踏みます。
価格は「時価」で決める
売買の価格は、時価を基準に決めます。時価より著しく安く売ると、税務上の問題が生じます。個人が法人に、時価の2分の1に満たない価額で資産を譲渡した場合は、時価で譲渡したものとみなして、譲渡所得を計算する規定があります(所得税法第59条。国税庁 タックスアンサー No.3105、No.3217)。また、2分の1以上であっても、時価との差額については、買主の法人側で受贈益として扱われる可能性があるため、実際の価格は、時価の根拠(不動産鑑定、複数の査定など)をそろえて決めておくのが無難です。
反対に、時価より高い価格で売ると、法人側では、過大な支払いとして、税務上の問題を指摘される可能性があります。融資を受けて買う場合は、金融機関の評価額も、価格の妥当性を示す材料になります。
売買の基本的な流れ
- 物件ごとに、取得費・減価償却後の残高・所有期間を確認し、譲渡所得の見込みを計算する。
- 時価の根拠を用意し、売買価格を決める。
- 融資が付いている物件は、金融機関に、個人の借入の完済方法と、法人の融資について事前に相談する。
- 売買契約を結ぶ。賃貸中の物件は、賃貸人の地位が法人に移る点と、敷金の扱いを契約書に明記する。
- 決済日に、売買代金の支払い、所有権移転登記、抵当権の抹消・設定を行う。
- 賃借人へ、賃貸人の変更、家賃の振込先の変更を通知する。
- 個人は譲渡所得の確定申告を、法人は購入した資産の帳簿への計上(土地・建物の価額の区分を含む)を行う。
売買にかかるコストの目安(仮の例)
次の条件で、売買でかかる費用を試算します。数字はすべて説明のための仮の例で、実際の金額は、物件の所在地・築年・取得時期・契約内容で変わります。
- 売買価格5,000万円(土地2,000万円、建物3,000万円)。売主の個人は、消費税の納税義務のない免税事業者と仮定する。
- 固定資産税評価額は、土地1,400万円、建物1,800万円と仮定する。
- 売主の取得費は、土地1,800万円、建物の減価償却後の残高2,000万円。譲渡費用を引いた後の譲渡益を1,200万円(土地200万円、建物1,000万円)と仮定する。所有期間は、売却した年の1月1日時点で5年を超えている(長期譲渡)と仮定する。
| 費用の項目 | 売買(土地と建物) | 建物のみ譲渡(土地は個人のまま) | 算出の考え方 |
|---|---|---|---|
| 譲渡所得の税金(売主) | 約244万円 | 約203万円 | 長期譲渡所得の税率は、所得税15%、復興特別所得税、住民税5%で、あわせて約20.315%。1,200万円または1,000万円に乗じる |
| 登録免許税(買主) | 約57万円 | 約36万円 | 所有権移転登記。土地は評価額の1.5%(軽減)、建物は2%。1,400万円×1.5%と1,800万円×2% |
| 不動産取得税(買主) | 約75万円 | 約54万円 | 土地は評価額の2分の1に3%、建物は住宅として3%。住宅の控除などは考慮しない概算 |
| 印紙税 | 1万円 | 1万円 | 契約金額に応じた軽減後の税額(5,000万円以下1万円。3,000万円も同額) |
| 司法書士報酬など | 約10万円 | 約8万円 | 物件や依頼先により異なる(仮) |
| 合計 | 約387万円 | 約302万円 | 売買は価格5,000万円の約7.7%。建物のみは譲渡価格3,000万円の約10.1% |
この試算で最も大きいのは、売主側の譲渡所得の税金です。含み益が大きい物件ほど、移転のコストが重くなります。反対に、建物の減価償却が進んで簿価が低いと、売却価格との差が大きくなり、譲渡益が出やすくなります。所有期間が5年以下の短期譲渡になると、税率は所得税30%、住民税9%、復興特別所得税を加えた約39.63%に上がるため、保有期間の確認が欠かせません(税率は国税庁 タックスアンサー No.3208、No.3211で確認)。
融資付きの物件を移すときの注意
個人名義の融資が残る物件を法人に売る場合、金融機関との調整が最大の山場になります。主な選択肢は次の3つです。
| 選択肢 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 個人の借入を完済する | 売買代金や、法人が新たに借りた資金で、個人の借入を完済し、抵当権を抹消する | 繰上返済の手数料や違約金の有無を確認する。法人が新たに借りる融資の審査が通ることが前提 |
| 法人が債務を引き受ける | 金融機関の承諾を得て、法人が個人の借入を引き継ぐ | 承諾が得られない金融機関も多い。条件の変更を求められることがある |
| 個人の借入を残したまま売る | 売却代金で一部を返済し、残りを個人が返す | 担保の解除や、期限の利益の扱いが問題になる。金融機関の事前の承諾が必須 |
金融機関の融資契約には、物件を第三者に売却した場合や、契約の担保を変更した場合に、期限の利益を失う(残りを一括で返済する)旨の条項が入っていることが一般的です。承諾なしに売買を進めると、予定外の一括返済を求められる恐れがあります。必ず、契約前に、金融機関の担当者と、売却の意向と条件を確認してください。担保の解除や入れ替えの交渉の考え方は、別の記事で整理しています。
法人側の融資については、設立して間もない法人は、決算の実績がなく、評価が難しいことがあります。個人が法人の連帯保証人になる場合の取り扱いは、経営者保証のガイドラインの記事を参考にしてください。
賃貸中の物件は、賃貸人の地位と敷金も移る
賃貸中の物件が譲渡されると、原則として、賃貸人の地位は新しい所有者に移ります。民法第605条の2では、対抗要件を備えた賃貸借について、不動産が譲渡されたときは、賃貸人の地位が譲受人に移り、敷金の返還債務も譲受人が承継すると定められています。法人が物件を買うときは、預かっている敷金の総額と、それを売主から精算して受け取る方法(売買代金との差引など)を、契約書に明記しておきます。
建物のみ譲渡:土地を個人に残す方法
建物だけを法人に譲渡し、土地は個人が持ち続ける方法です。土地の移転にかかる登録免許税・不動産取得税と、土地の含み益に対する譲渡所得の税金を、いったん避けられます。上の試算でも、建物のみの合計は、売買より低くなりました。
ただし、建物は法人、土地は個人という形になると、法人が個人の土地を借りて使うことになります。この土地の貸し借りが、税務上の別の問題を生みます。
土地の貸し借りと「権利金」の問題
一般に、土地を貸すときは、借り手が借地権の対価として権利金を支払います。同族の法人などに、権利金も取らずに土地を貸すと、借地権相当額を借り手の法人に贈与したものとして、税務上、認定課税される可能性があります。国税庁は、権利金の認定課税が行われない場合として、次の2つを挙げています(国税庁 タックスアンサー No.5730)。
- 土地の価額に照らして、相当の地代を受け取っている場合。
- 借地権設定等の契約書に、将来、借り手が土地を無償で返還する旨を定め、借り手と連名の「土地の無償返還に関する届出書」を遅滞なく税務署へ提出している場合。
相当の地代を受け取る場合は、地代の水準を、概ね3年以下の期間で見直す必要があります。無償返還の届出書を出す場合は、地代は相当の地代より低くてよいものの、実際の地代が相当の地代より少ないと、その差額分は借り手への贈与として扱われます。どちらを選ぶかで、将来の相続での土地の評価や、地代の水準が変わります。個人の土地を法人に貸す場合の取り扱いは、事前に税理士に確認してください。
管理会社方式:所有権は移さない方法
管理会社方式は、所有権を個人に残したまま、法人が管理や運営の一部を請け負い、その対価を受け取る形です。法人は、管理委託を受けて管理料を受け取る方式や、物件を一括で借り上げて入居者に転貸する方式(サブリース)が代表的です。所有権を移さないため、売買の税金や登記は不要で、融資の契約にも直接は触れません。
| 方式 | 仕組み | 法人の収益 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 管理委託方式 | 法人が、個人の物件の管理業務を受託し、家賃収入の一定割合を管理料として受け取る | 管理料 | 管理業務の実態が必要。管理料の水準が、業務内容と相場に見合う必要がある |
| 一括借上(転貸)方式 | 法人が個人の物件を借り、入居者に転貸する。個人には、一定の賃料を支払う | 転貸の賃料と支払賃料の差 | 借り上げ賃料の水準、空室リスクの負担、融資契約上の転貸の可否を確認する |
最大の注意点は「実態」と「適正額」
管理料を過大に設定すると、同族会社の行為や計算を否認して税額を計算し直す規定(法人税法第132条、個人については所得税法第157条)が問題になり得ます。この規定は、同族会社の行為や計算を容認した場合に、税負担を不当に減少させる結果となると認められるときに適用されるものです。管理料は、実際に法人が行う業務(入居者対応、清掃の手配、家賃の回収、巡回など)の内容と、一般の管理会社の相場に照らして合理的である必要があります。実際の業務を行わず、名目だけの管理料を受け取る形は、避けてください。
たとえば、個人が年間1,000万円の家賃収入を得ている物件で、家賃の5%(仮)の年50万円を管理料として法人に払う形が考えられます。法人側の収益は年50万円で、法人の設立・維持費や、実際に行う管理業務の人件費を考えると、それだけで十分な効果が出るとは限りません。管理会社方式は、所得の分散効果がそれほど大きくならないことも多く、法人の維持費との比較が必要です。
避けたい移し方
次のような移し方は、税務上の負担が大きくなったり、否認されたりするリスクがあります。
- 法人への贈与(無償での移転):個人には時価で譲渡したものとみなされ、譲渡所得の税金が、現金を受け取らなくても発生します。法人側でも、受贈益が生じます。
- 時価の2分の1未満での譲渡:上記のみなし譲渡の対象になります(所得税法第59条)。
- 簿価での売買:簿価が時価を大きく下回る場合は、低額譲渡として問題になります。
- 現物出資:不動産を法人に現物出資する場合も、所得税法上は譲渡に当たり、譲渡所得の課税対象です。受け取る株式の時価が、不動産の時価の2分の1未満のときは、不動産の時価が収入金額とされます(国税庁 タックスアンサー No.3117)。
- 事前に金融機関へ相談せずに売買する:期限の利益の喪失や、予定外の一括返済につながります。
消費税の見方
土地の譲渡は非課税ですが、建物の譲渡は、売主が消費税の課税事業者であれば、課税の対象です。個人の賃貸オーナーの多くは、住宅の家賃が非課税のため、課税売上が少なく、免税事業者であることもありますが、売主の状況によって異なるため、確認が必要です。
買主の法人にとっては、建物にかかる消費税が、仕入税額控除の対象になるかどうかが問題です。居住用賃貸建物にかかる課税仕入れは、令和2年10月1日以後、仕入税額控除の対象になりません(消費税法第30条第10項、国税庁の質疑応答事例など)。高額特定資産に当たる建物(税抜で1,000万円以上の課税仕入れ等)で、住宅の貸付けに使うものが、その対象となります。その場合、売買契約に消費税が上乗せされていると、法人にとって、その消費税が控除できないコストになります。売主が課税事業者かどうか、買主の法人がどの課税方式かを、契約前に確認してください。
選ぶ前の確認リスト
- 目的を明確にする(融資、所得の分散、承継)。移さずに、新しい物件を法人で買う選択肢も比べる。
- 物件ごとの含み益(時価と簿価の差)と、所有期間(長期か短期か)を確認する。
- 売買の場合の総コスト(譲渡所得の税金、登録免許税、不動産取得税、印紙税、司法書士報酬、消費税)を試算する。
- 時価の根拠(鑑定評価、複数の査定など)を用意する。
- 融資付きの物件は、金融機関に事前に相談し、承諾の条件を書面で確認する。
- 法人側の融資の見通しを確認する。決算の実績、資本金、保証人の問題を整理する。
- 賃貸中の物件は、敷金の精算、賃借人への通知、管理委託契約の引き継ぎを確認する。
- 建物のみ譲渡の場合は、土地の貸借(相当の地代、または無償返還の届出)を決める。
- 税理士と、個人と法人の双方の税務を確認する。
よくある質問
Q. 含み損のある物件を法人に売ると、損失はどうなりますか。
A. 土地・建物の譲渡損失の取扱いには、他の所得との通算に制限があるなど、特別な規定があります。損失が出る場合の扱いは、物件の種類や個人の状況によって異なるため、売却前に税理士に確認してください。
Q. 売買価格の「時価」は、どのように決めればよいですか。
A. 不動産鑑定士の鑑定評価や、複数の不動産会社の査定、固定資産税評価額などを参考に、第三者に説明できる根拠をそろえます。金融機関が融資で使う評価額も、一つの目安になります。
Q. 建物のみ譲渡は、土地の税金を避けられるので有利ですか。
A. 土地の移転コストは避けられますが、土地の貸借の整理(相当の地代、または無償返還の届出)や、出口での同意の問題が新たに生じます。長い目で見た総合的な比較が必要です。
Q. 管理会社方式は、どのくらいの管理料が適正ですか。
A. 一律の目安はなく、実際に法人が行う業務の内容と、地域の管理会社の相場に照らして判断します。業務の実態がなく、名目だけの管理料を払う形は、避けてください。
Q. 法人に移したあと、個人の確定申告はどうなりますか。
A. 売買した年は、譲渡所得の確定申告が必要です。移した後の家賃収入は法人の収入になり、個人の不動産所得には含まれなくなります。申告の準備は、税理士と進めてください。
まとめ
- 個人から法人へ移す方法は、売買、建物のみ譲渡、管理会社方式の3つです。目的によって選び方が変わります。
- 売買では、売主の譲渡所得の税金が最も重く、買主の登録免許税・不動産取得税も加わります。仮の例では、売買は価格の約8%、建物のみ譲渡は建物の譲渡価格の約10%のコストになりました。
- 価格は時価で決めます。贈与や、時価の2分の1未満の譲渡は、みなし譲渡の対象になります。
- 融資付きの物件は、金融機関の承諾が前提です。承諾なしに売ると、一括返済を求められる恐れがあります。
- 建物のみ譲渡は、土地の貸借(相当の地代、または無償返還の届出)の整理が必須です。管理会社方式は、業務の実態と適正額が問われます。
税率や特例の適用期限は改正されることがあります。個別の取引は、税理士・司法書士・金融機関に確認してから進めてください。
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたものであり、特定の投資・融資・税務上の判断を勧めるものではありません。制度や数値は記事作成時点の一般的な内容です。個別の判断は、金融機関・税理士などの専門家にご確認ください。
最終更新:2026年10月
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