医師は不動産投資の融資で評価されやすい、とよく言われます。一方で、「収入が高いから大丈夫」と考えて物件選びを急ぐと、税金や時間の面で思わぬ落とし穴にはまることもあります。この記事では、金融機関が医師のどこを見ているのか、評価されやすい理由と限界、所得税率が高い医師が知っておきたい損益通算の仕組みと制限、勤務先の兼業ルール、購入前に確認したい点を、公的機関の公表情報をもとに整理します。
医師が融資で評価されやすいと言われる理由
金融機関が個人に不動産投資用の融資を出すときは、大きく「物件の収益力」と「借りる人の属性」の2つを見ます。医師は、このうち属性の面で評価されやすい職業とされています。ただし、ここで挙げる理由は一般的な傾向であり、どの金融機関でも同じ扱いになるわけではありません。実際の評価は金融機関ごとの内規や、その時点の融資姿勢によって変わります。
医師が評価されやすいとされる主な理由は、次のとおりです。
- 収入の水準が高い:厚生労働省の賃金構造基本統計調査では職種別の賃金が公表されており、医師は職種別の中でも高い水準にあります。具体的な金額は調査年によって変わるため、最新の統計表で確認してください。
- 収入が安定している:勤務医であれば給与として毎月の収入があり、診療科や勤務先を変えても医師として働き続けやすい面があります。
- 資格による職業の継続性:医師免許は国家資格であり、収入の途絶が起きにくいと見られやすい傾向があります。
- 社会的信用と勤務先の安定性:大学病院、公的病院、大規模な医療法人など、勤務先が安定していると評価が高くなりやすくなります。
- 返済の原資が本業の収入にもある:物件の家賃収入が想定より下がっても、給与収入から返済を続けられるかどうかが、融資判断の材料になります。
ここで大切なのは、評価されやすいことと、融資を受けるべきことは別だという点です。属性が良ければ融資の選択肢は広がりますが、物件の収益力が弱ければ、借入は返済負担となって手元に残ります。融資は「借りられる額」ではなく「無理なく返せる額」から逆算して考えるのが基本です。
金融機関が見る「属性」と「物件」のバランス
医師の属性が評価されても、物件そのものの評価がゼロになるわけではありません。金融機関は、物件の担保価値と収益力も別に見ます。属性と物件のどちらに重心を置くかは、金融機関によって異なります。
| 見る対象 | 主な確認項目 | 医師の場合の留意点 |
|---|---|---|
| 属性(人) | 職業・勤務先・勤続年数・年収・既存の借入・自己資金・金融資産 | 年収が高くても、住宅ローンや他の借入が多いと、評価は下がります。 |
| 物件 | 立地・築年数・構造・家賃の水準・稼働の見通し・担保評価 | 属性が良いことを理由に、収益力の弱い物件を選ぶと、返済が給与頼みになります。 |
| 事業計画 | 返済計画・空室時の耐久力・修繕の見込み | 本業の収入に頼りすぎると、勤務状況が変わったときに計画が崩れます。 |
| 取引関係 | メイン口座・給与振込・預金の残高 | 勤務先の給与振込口座などがある金融機関との取引は、検討の入口になりやすいと言われます。 |
与信枠の使い方や、複数の金融機関から借りたときの名寄せの考え方は、別の記事で整理したとおりです。医師の場合は、住宅ローン、奨学金、車のローン、将来の開業資金の見込みなども含めて、全体の借入の見通しを持っておくことが重要です。
勤務医・開業医・医療法人の違い
同じ「医師」でも、働き方によって金融機関の見方と、本人が気をつけるべき点は変わります。代表的な3つの立場を比較します。なお、表の内容は一般的な傾向をまとめたもので、個別の可否を示すものではありません。
| 立場 | 収入の性格 | 融資で見られやすい点 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 勤務医 | 給与収入が中心。複数の勤務先でアルバイト収入がある場合も。 | 勤務先の安定性、勤続年数、年収、既存の借入。 | 転勤・異動、診療科の変更、勤務先の副業規程の影響を受けます。 |
| 開業医(個人事業) | 事業所得が中心。年によって変動があります。 | 確定申告書の所得、医院の借入、事業の安定性。 | 開業資金の借入と不動産投資の借入が合わさり、全体の負債が大きくなります。 |
| 医療法人の理事長・役員 | 役員報酬と法人の業績。 | 法人の決算内容、個人の役員報酬、法人と個人の借入の関係。 | 法人の資金の使い道や、法人と個人の貸し借りには、制約や税務上の論点があります。事前に専門家へ確認してください。 |
とくに開業を考えている勤務医は、不動産投資で借入を増やした結果、数年後の開業資金の融資に影響が出る可能性があります。開業の時期の見込みがあるなら、その前後で借入の総額と返済負担がどうなるかを、あらかじめ試算しておきましょう。
所得税率が高い医師と、不動産所得の損益通算
医師が不動産投資に関心を持つ理由として、よく挙がるのが税金です。給与収入が高いと、所得税の税率も高くなるためです。国税庁のタックスアンサー(No.2260)によれば、所得税の税率は5%から45%までの7段階で、課税される所得金額が900万円以上1,800万円未満であれば33%、1,800万円以上4,000万円未満であれば40%、4,000万円以上は45%です(復興特別所得税として基準所得税額の2.1%が別に加わります)。
| 課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 195万円未満 | 5% | 0円 |
| 195万円以上330万円未満 | 10% | 97,500円 |
| 330万円以上695万円未満 | 20% | 427,500円 |
| 695万円以上900万円未満 | 23% | 636,000円 |
| 900万円以上1,800万円未満 | 33% | 1,536,000円 |
| 1,800万円以上4,000万円未満 | 40% | 2,796,000円 |
| 4,000万円以上 | 45% | 4,796,000円 |
個人の住民税は、総務省によれば所得割が標準税率で10%(道府県民税4%・市町村民税6%)です。所得税と住民税を合わせると、課税所得が高い医師は、収入の増加分の半分近くが税金になる水準に入ります。この負担感が、不動産投資への関心につながりやすい背景です。
不動産所得が赤字になった場合、その赤字を給与所得などの他の所得から差し引くことを損益通算といいます。国税庁のタックスアンサー(No.1391)では、不動産所得が赤字のときは、他の黒字の所得から差し引ける(損益通算できる)とされています。ただし、別荘など主として趣味・娯楽・保養・鑑賞の目的で所有する不動産の貸付けに係る損失や、土地等の取得に要した負債の利子に相当する部分は、損益通算の対象になりません。詳しくは 国税庁 タックスアンサー No.1391 で確認してください。
仮の例:損益通算で税負担がどう変わるか
次は、制度の仕組みを理解するための仮の例です。実際の税額は、所得控除や税額控除、お住まいの自治体の税率などで変わります。
| 項目 | 損益通算なし | 不動産所得の赤字100万円を通算 |
|---|---|---|
| 課税される所得金額(仮) | 1,200万円 | 1,100万円 |
| 所得税(速算表で計算) | 1,200万円×33%−153.6万円=242.4万円 | 1,100万円×33%−153.6万円=209.4万円 |
| 所得税の差額 | ― | 33.0万円(復興特別所得税を含めると約33.7万円) |
| 住民税(10%と仮定)の差額 | ― | 10.0万円 |
| 税負担の軽減(合計の目安) | ― | 約43.7万円 |
この例では、赤字の100万円に対して、約43.7万円分の税負担が軽くなります。ただし、赤字の中身が減価償却費のように、現金が出ていかない費用であれば、手元の現金が増えたわけではない点に注意が必要です。さらに、減価償却を進めると、将来売却するときの取得費が小さくなり、譲渡所得が大きく出やすくなります。税金が消えたのではなく、時期がずれただけ、という面があります。
損益通算の制限を知っておく(土地の借入利子・国外中古建物)
医師が損益通算を使うときに、とくに注意したい制限が2つあります。いずれも国税庁のタックスアンサー(No.1391)に示されています。
- 土地等の取得に要した負債の利子:必要経費に算入した、土地等の取得に要した負債の利子に相当する部分は、損益通算の対象になりません。土地と建物を一緒に購入して借り入れた場合は、利子のうち土地に対応する部分が、この制限の対象です。
- 国外中古建物の減価償却費:令和3年(2021年)以後は、国外中古建物の不動産所得に損失がある場合、そのうち耐用年数を簡便法で計算した減価償却費に相当する部分は、生じなかったものとみなされます。この部分は、国内の不動産所得との通算も、他の所得との損益通算もできません。
これらの制限の詳しい考え方は、別の記事で整理したとおりです。医師の場合、所得税率が高いため「損益通算で税金を戻せるはず」と期待して購入を決めると、制限の対象となって想定した効果が出ないことがあります。物件を比較する段階で、土地と建物の借入の内訳や、減価償却の計算をあらかじめ税理士に確認しておくことをおすすめします。
確定申告で医師が押さえる点
国税庁のタックスアンサー(No.1900)によれば、給与所得者でも、次のような場合は確定申告が必要です。
- 給与の年間収入金額が2,000万円を超える場合(年末調整の対象外となるため)
- 給与の勤務先が1か所で、給与の全部が源泉徴収の対象になっている場合に、給与所得と退職所得を除く各種所得の合計額が20万円を超える場合
- 給与の勤務先が2か所以上ある場合は、年末調整されなかった給与の収入金額と、給与所得・退職所得を除く各種所得の合計額が20万円を超える場合(一定の例外あり)
医師は、複数の病院で非常勤の勤務をしている方も多く、勤務先が複数になると申告の要否の判定が複雑になります。また、不動産所得が赤字で損益通算をして税金の還付を受ける場合は、申告義務の有無にかかわらず、確定申告をする必要があります。
不動産所得の計算では、事業として貸付けを行っているかどうかで取扱いが変わります。国税庁のタックスアンサー(No.1373)では、貸間・アパート等で貸与できる独立した室数がおおむね10室以上、独立家屋でおおむね5棟以上であれば、原則として事業として行われているものとして扱われるとされています。事業的規模になると、青色申告特別控除の最高額や、資産損失・貸倒損失の扱いが変わります。なお、青色申告特別控除の控除額は、国税庁の同ページで令和8年分までの取扱いとして示されているため、最新の改正は国税庁のサイトで確認してください。
| 項目 | 事業的規模 | 事業的規模に至らない場合 |
|---|---|---|
| 判定の目安 | アパート等はおおむね10室以上、独立家屋はおおむね5棟以上 | 左記に満たない場合 |
| 青色申告特別控除(令和8年分までの取扱い) | 最高55万円、電子帳簿保存またはe-Taxで最高65万円 | 最高10万円 |
| 事業専従者給与・事業専従者控除 | 適用あり | 適用なし |
| 資産損失(取壊し・除却など) | 全額を必要経費に算入 | 不動産所得の金額が限度 |
勤務先の副業・兼業ルールを確認する
不動産投資を始める前に、必ず勤務先の副業・兼業のルールを確認してください。民間の医療機関でも、就業規則で副業を制限・届出制としている場合があります。公務員に当たる医師の場合は、さらに法令上の制限があります。
国家公務員の場合、人事院規則14-8の運用通知で、不動産や駐車場の賃貸が「自営」として扱われる規模が示されています。同通知によれば、独立家屋の賃貸では独立家屋の数が5棟以上、独立家屋以外の建物では貸与できる独立的に区画された部分の数が10室以上、土地の賃貸では賃貸契約の件数が10件以上、駐車場では駐車台数が10台以上、または不動産・駐車場の賃貸料収入の合計が年額1,000万円以上(建物の賃貸のみで、床面積の合計が600平方メートル未満の場合を除く)などの基準があります。詳細は 人事院の運用通知 で確認できます。
地方公務員は、地方公務員法第38条により、任命権者の許可なく営利企業を営むことなどが制限されており、許可の基準は自治体の人事委員会規則や要領で定められています。国家公務員の基準をそのまま当てはめることはできません。公立病院や公立大学病院などに勤める医師は、所属先の人事担当部署に必ず確認してください。
忙しい医師が気をつけたい「時間」の問題
医師の不動産投資では、時間の使い方も重要な論点です。厚生労働省によれば、2024年(令和6年)4月から、医師にも時間外・休日労働の上限規制が適用されています。一般的なA水準では、36協定で定める特別延長時間が年960時間、個人の上限が年960時間、月100時間未満とされています。連携B水準・B水準・C水準では、年1,860時間までが認められる枠組みがあります。
上限規制は、働き方が改善されていく流れを示す一方、当直や急な呼び出しなどで予定を組みにくい働き方は、依然として多くの医師にとって現実です。そのため、物件の管理は、時間がないことを前提に設計する必要があります。
- 入居者の募集、家賃の集金、クレーム対応、設備の修理手配は、管理会社に委託することを前提にする。
- 緊急時の連絡先と、決裁できる範囲(修繕費の上限額など)を、あらかじめ決めておく。
- 遠隔地の物件は、管理会社の対応力と、現地での実績を確認する。
- 管理委託費は、収支計画に含めてから、融資額を決める。
管理会社の選び方は、別の記事で整理したとおりです。委託すれば手間は減りますが、管理の質の確認は、オーナーである医師自身の仕事として残ります。
医師の不動産投資でよくある失敗パターン
属性が良い人ほど、融資が通りやすいぶん、判断が甘くなることがあります。よくあるパターンを整理します。
| 失敗のパターン | 起きやすい理由 | 対策 |
|---|---|---|
| 借りられる額いっぱいまで買う | 融資の審査に通ったことを、安全性の裏付けと考えてしまう。 | 返済比率と、空室・金利上昇時の返済の耐久力を自分で試算する。 |
| 税金を減らす目的で物件を選ぶ | 所得税率が高いため、赤字を作ることが目的になる。 | 損益通算の制限を確認し、物件の収支を基準に選ぶ。 |
| 勤務先のルールを確認しない | 副業の可否や届出を、買ってから調べる。 | 購入前に就業規則や人事担当部署へ確認する。 |
| 管理を自分でできると考える | 最初は時間があっても、診療が忙しくなると破綻する。 | 管理委託を前提に収支を組む。 |
| 開業時の借入を考えない | 不動産の借入が、開業融資に影響する場合がある。 | 開業の見込みがあるなら、全体の借入の見通しを先に作る。 |
| 収入が将来も続くと見込む | 転職・病気・勤務先の変更で、収入が変わる。 | 収入が下がっても返済できる計画にする。 |
購入前に確認したいチェックリスト
医師が不動産投資を検討するとき、次の順序で確認すると、判断の抜けを減らせます。
- 勤務先の就業規則(副業・兼業)を確認し、公務員に当たる場合は、法令・自治体の規則も確認する。
- 現在の借入(住宅ローン、奨学金、車のローンなど)と、将来の借入(開業、住み替え)の見込みを書き出す。
- 年間の手取り収入と生活費を整理し、返済に回せる額の上限を決める。
- 物件の収支を、空室・修繕・金利上昇を織り込んで試算する。
- 管理会社へ委託する前提で、管理委託費と修繕の積立てを含める。
- 税務(損益通算の制限、事業的規模の判定、確定申告の要否)を税理士に確認する。
- 複数の金融機関に相談し、金利・融資期間・条件を比較する。
- 出口(売却・賃貸の継続・組み替え)の見通しを、購入前に持つ。
よくある質問
Q. 医師であれば、どの金融機関でも融資が通りますか。
A. いいえ。職業は評価の一要素に過ぎません。物件の担保評価や収益力、既存の借入、金融機関ごとの方針などを総合して判断されます。複数の金融機関に相談して、条件を比較してください。
Q. 勤務医の給与から返済するなら、物件の収支が赤字でも問題ありませんか。
A. 給与から持ち出して返済する運用は、勤務状況の変化に弱くなります。病気・転職・勤務先の変更などで収入が変わっても返済を続けられるか、収支の見通しを確認してください。
Q. 不動産所得の赤字は、給与と必ず通算できますか。
A. いいえ。土地等の取得に要した負債の利子に相当する部分や、国外中古建物の損失のうち一定の部分などは、損益通算の対象になりません。国税庁のタックスアンサー(No.1391)と、税理士の確認をおすすめします。
Q. 非常勤のアルバイトがあります。確定申告は必要ですか。
A. 勤務先が複数ある場合は、年末調整されなかった給与の収入金額と、他の所得の合計額に応じて、申告の要否が決まります。不動産所得があるときは、申告の要否の判定がさらに複雑になるため、国税庁のタックスアンサー(No.1900)や税務署で確認してください。
Q. 公立病院に勤めています。賃貸経営はできますか。
A. 公務員に当たる場合は、法令や自治体の規則による制限があります。国家公務員は人事院規則14-8、地方公務員は地方公務員法第38条と、各自治体の規則が関係します。所属先の人事担当部署に必ず確認してください。
Q. 将来、開業するつもりです。不動産投資はしないほうがよいですか。
A. 一概には言えません。ただし、不動産の借入が増えると、開業資金の融資に影響する可能性があります。開業の時期と借入の総額、返済負担をあらかじめ試算して、判断することをおすすめします。
まとめ
医師は、収入の水準や職業の継続性といった属性の面で、不動産投資の融資で評価されやすいとされます。しかし、評価されることと、安全に運営できることは別です。この記事のポイントを整理します。
- 融資の評価は、属性だけでなく、物件の収益力と事業計画も合わせて決まる。
- 勤務医・開業医・医療法人では、見られる点と留意点が異なる。
- 所得税率が高い医師は損益通算に関心が向きやすいが、土地の借入利子や国外中古建物の損失には制限がある。
- 給与が2,000万円を超える場合などは確定申告が必要で、不動産所得の事業的規模の判定にも注意する。
- 勤務先の副業・兼業ルール(公務員は法令・自治体の規則)を購入前に確認する。
- 時間が限られる前提で、管理委託を含めた収支にし、借りられる額ではなく返せる額から逆算する。
制度や数値は改正されることがあるため、最終的な判断の前に、国税庁、勤務先、金融機関、税理士などの専門家に確認してください。
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたものであり、特定の投資・融資・税務上の判断を勧めるものではありません。制度や数値は記事作成時点の一般的な内容です。個別の判断は、金融機関・税理士などの専門家にご確認ください。
最終更新:2026年10月
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